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BOLOGNA 2 (2001.10.22)

ボローニャ3日目。3日目にしてやっと市内観光ができる♪
タクシーで駅に着くと、駅前では何かのデモ前の集会中で少し離れた所でおろされる。この日はモデナへ行くというMちゃんと、午後からローマへ移動して友達と合流する私は駅でお別れして別行動。まずMちゃんをホームで見送り、1週間分の大きな荷物を抱えて手荷物預かり所へ行くと…「ストだから今日は預かれない。コインロッカーも今日はだめ」…そ、そんなぁ!これ持って塔のぼれないでしょ~。がっかり。

気を取り直してバスでPiazza Maggioreまで行ってみる。重い…。とりあえずDuomo詣。
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“参ったなぁ~。駅のおじさんは観光案内所にコインロッカーがあるかもしれないなんて言ってたけど、あるわけないなぁ…”なんて思いながら教会前に座って休憩。
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休憩を兼ねて広場を撮影。

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“あれがGiganteかぁ。Beppe Signori(セリエAで一番最初に好きになった選手♪)がボローニャに移籍した時、あそこで写真撮ってたのを雑誌で見たな…。でもその前にダメもとでインフォメーション行ってみよ”
インフォメーションで聞いてみると、やっぱりコインロッカーなんてあるわけがなく、「駅にはあるよ」と言われる始末。予想はしてたけどやっぱりがっかりはがっかり。

インフォメーション内ではフェラーリやドゥカティのグッズ、ポストカードなどちょっとした土産物も売っていて、このままボローニャ土産が何もないのもくやしいし…とフェラーリのロゴ入りえんぴつを数本選んでレジへ。この日は移動日、だからパスポートやレイルパス、航空券、メインの財布etc.すべての貴重品を小さいショルダーバッグに入れて、ファスナーの終わりにナンバー式南京錠をかけていた。“こういうゆっくり買える店はお札を崩すチャンス♪”と鍵をあけようとすると…

回らない…009.gif 3つあるどのダイヤルも回らない…008.gif

いつも少額はポケットに突っ込んでるので、とりあえずそれで支払ったものの困った…マジでやばい…

“こんな時にはまず落ち着こう…”と隣のカフェへ。
“そうだ!荷物の中にはペンケース。ペンケースの中にはカッターナイフ!”
おしゃれな広場のカフェで、あたたかいお日様を浴びながら、自分のバッグを自分のカッターナイフで切り裂く私…。スリに切られても惜しくないようにと○ニ○ロで1000円も出さずに買ったバッグだけど、まだまだ新品なのにぃ!ちょうどいい大きさで重宝してるのにぃ!

悔しかったけど、それでも中身が取り出せるだけの切り目が入れられると小さくガッツポーズ。さ、Giganteさんにご挨拶に行こっと。
“この台の上でSignoriは新天地でがんばろーと誓ったのね~”と見上げたが、もしかすると彼は下のセイレーンにうっとりしていただけかもしれない。
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暑くなってきたし、荷物重いし、さっきのがっかりは大きすぎたな…とここで観光は諦めて駅へ戻る。さっきはサービスのストがどうのこうの言ってたけど電車はちゃんと動いていることを確認して待合室へ。予約したESまで1時間くらいをぼんやりしていると、壁に字がいっぱい刻んであることに気付いた。
それは1980年8月2日に起きた爆破テロの慰霊碑だった。犠牲になった方の名前をひとりずつ読んでいくと3歳の子供からお年寄りまで、亡くなった方はもちろん、怪我をした方、そして家族の方まで名前を刻まれた方だけでないあらゆる世代のたくさんの人の人生が一瞬にして大きく変わってしまったことがわかる。

時間が来たのでホームに出るとデモの人たちと遭遇。どうやらお掃除サービススタッフのストだったようで、ゴミ箱のゴミ、ほどいたトイレットペーパー、はたまたホーム直結のマクドのゴミetc.をホームや線路に撒き散らして歩いていく…。すごいぞ、ボローニャ。
ゴミだらけの線路に入ってきたESに乗ってボローニャとはこれでお別れ。絶対“見るとこない”わけないし、それより美食の街に来て食べたものがスタジアムのパニーニとホテルの朝食だけってありえないでしょう。必ずまた来てやるぅと決めてから早7年。ついにボローニャ行きが決定。リベンジできるかなぁ~?
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by s_fiorenzo | 2008-05-25 00:47 | 2001年MILANOの旅 | Comments(10)

RAVENNA(2001.10.21)

ボローニャでの2日目は街を観光するつもりでした。連れのMちゃんもてっきり初日に回りきれなかった所に行くんだろうと思ってました。
ところが彼女あっさり「別に見るとこないよ~。半日でも時間が余っちゃったから、塔に登っちゃった。明日、私はラヴェンナに行くから」と言い放つではありませんか。意外なお言葉にどびっくりの私。“見るとこない”ことにかけては1等賞のミラノでさえ、毎日いろんなところに出かけては喜んでる私ってなに?ぜったい見るとこないわけないよ!
「ラヴェンナってモザイクが世界遺産のとこだよね」程度の認識の私にMちゃんは“孤独な惑星”を見せてくれました。英語版だったので全くわからなかったのですが、「あ、この絵(テオドラさんのモザイク)知ってる。私も一緒に見に行く!」…かくしてボローニャ観光は3日目にひとりですることにして、朝型人間Mちゃんに合わせて朝8時の電車(早っ!)でラヴェンナに向かうことになったのでした。

d0043369_2295229.jpg朝起きて、部屋のカーテンを開けると何も見えない!“これがウワサの北イタリアの霧かぁ~すご~~い!!ホントに目の前に霧があって動いてるよ”
霧に見とれてると置いてきぼりをくうので、あわてて用意をしてタクシーを呼んで駅へ向かう。さすがに日曜の早朝とあって、エミリア街道すいてます。とばします。その頃にはもう霧も晴れてきていたが、途中、発煙筒を焚いて車線規制をしているので何かと思えば路肩に全焼した車の残骸が。単独事故でこんなになっちゃうって…。
私たちのびびった様子を察してか「霧だったからね~」と運転手さんはこともなげに言うけどね。霧で見通し悪くて事故るというのは本当によく聞く話だけど、だったら徐行しましょうよ、みなさん。(*写真はGoogle Immaginiより)

さて、リミニ行きの電車に乗ってラヴェンナで下車。
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ばっちり予習済みのMちゃんに連れられて効率よく要所要所を回る。
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最後に街から約5km離れたBasilica di Santa Apollinare in Classe:サンタポッリナーレ・イン・クラッセ聖堂へ駅前からバスで行く。バス停で待っていると、同じくバス待ちのおじいちゃんたちが話しかけてきた。
「クラッセへ行くの?」「そうです、ここから乗ればいいんですよね?」「あそこは見るべきだよ。すばらしいよ」…に始まり、
「きみたちは日本人?」「そうです」「ここにはたくさん外国人が来るけど、日本人はみんなやさしいし感じがいいね」「う~ん、人によりますよ」…と続き、
「いや、そんなことはない。みんなとてもやさしいよ。私は10年前に妻を亡くしたが、今度結婚するなら日本人とがいいな」…と急転回。
“これってナンパの一種ですか?つーか、まだ結婚する気があるって…いいぞ、そういうの、嫌いじゃないぞ:)” そうこうするうちにバスが来た。彼らも乗るのかと思っていたけど、「もう少しここで話をしているから」と誰も乗らない。どうも広場のベンチで集うかわりにバス停のベンチに集っていたおじいちゃんたちだったみたい。だんだん日が傾いてきた日曜日の午後、あのおじいちゃんは仲間と別れたらひとりのおうちに帰ってごはん食べるのかなぁ…なんて思ったら、少し寂しい気持ちになっちゃった。もう少しちゃんとイタ語使えたら、話を盛り上げられるのにな…。日常会話って難しい。

さて、Basilica di Santa Apollinare in Classeに着いたのは閉場の約30分前。駐車場にbagnoがあることを確認し、まずは見学。慌しい見学だったけど、1日の終わりの陽射しに輝く金色のモザイクはすてきでした。こうやって天国を表現するのねと納得。
路線バスで降りたのは私たち2人だけで、あとは車や観光バスで来ている人ばかりだったから行きにくい所なのかもしれないが、ここはバス停のおじいちゃんの言うとおり行った方がいいですよ。終わりの鐘が鳴っても団体の客もいるし、追い出されるまで見ておこうと最後まで居座った結果、bagnoは鍵をかけられてましたが(涙)。

駐車場の外れにバス停があるのだけど、潮の匂いのする風に吹かれて待っているのは私たち2人だけ。観光バスが出て行き、駐車場の車もみんないなくなった。時刻表にはまだ何本もバスの時間が書かれているが、あたりはだんだん暗くなってくるし、本当に来るのかな?と不安になってくる。車もほとんど通らないし、まわりにはなぁんにもないし、街の灯りは遠~くの方だし、バニョりたいし。

しばらくして無事にバスも来て、駅に戻れてほっとひと安心。じゃ、ボローニャに帰ろう!と切符を“ガッチャン”しようとすると、動かない。すると、さっきとは別のおじいちゃん登場。何度か試してみて「壊れてるね」と、別の機械へ連れて行ってくれるが、また故障中。さらに別の所へ連れて行ってもらいやっと“ガッチャン”成功。
このおじいちゃんは私たちが日本人とわかると「私は仏教徒でね」…と話が始まる。
「日本人も仏教徒でしょ?」「仏教徒多いけど、うちはクリスチャンですよ」「イタリア人の仏教徒と日本人のキリスト教徒がイタリアで話してるっておもしろいね」「たしかに」…と続く。
このおじいちゃんは「もう少ししたら仏教の勉強にパリに行けて、もっと勉強を進めると日本に行けるんだ」と言っていました。“行ける”という言い方が「?」な気分にさせますが、おじいちゃんの願いはかなったかな。かなってるといいな。

ラヴェンナの話はこれでおしまい。相変わらずこどもと老人と犬にはモテるな…と再確認の1日でした。「世界遺産がお散歩コース」というこのうらやましいわんちゃんにも、もちろんしっぽ振ってもらいましたよ006.gif
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by s_fiorenzo | 2008-05-23 23:53 | 2001年MILANOの旅 | Comments(0)

BOLOGNA 1:Bologna vs Juventus (2001.10.20)

パルマ、ピアチェンツァから戻ったあともミラノでいろいろ楽しくしていたけれど、そのことをつらつら書く前に、滞在の最後に行った旅行編を先に書くことにした。だって、2008年の旅がせまってきたからねっ。

ステイ先のmamma、nonnaに別れを告げたあと、大急ぎでCentraleへ。駅でこれからローマへ行くというクラスメートのKくんとばったり会う。私のローマ滞在は2日後だったので“お互いに時間があったら連絡取り合いで…”と連絡先を交換して、私はボローニャへ向かうESに乗り込む。

前週から来伊中のMさんとボローニャで合流して、Bologna-Juventusを見に行くことになっていたのだが、前売券を取り扱う銀行をミラノ市内で探し出して行ったものの「この試合は扱わない」といきなりがっかりなお知らせ・その1。

d0043369_11555750.jpgがっかりその2は、ちょうど見本市の季節で市内のホテルが全く取れず、やっと取れたのがHoliday Inn Via Emilia…。
駅前でタクシーに乗り、走る。走る。走る…飛行場が見えてもまだ着かない…。有名なエミリア・ロマーニャ街道を一般道とは思えないスピードで突っ走ってやっとホテル到着。遠いし、何もない…。


ロビーで待っていると程なくMさんもやって来たので、急いでチェックインを済ませ、タクシーを呼んでもらい今度はStadio Renato Dall'Araへ走る。「Biglietteriaに行きたい」という希望通り、スタジアム前のチケット小屋の前で降ろしてもらった時にはすでに各窓口に20mくらいの列。でもまだ窓口は閉まっていて販売は始まっていない様子。
タクシーの運転手さんは「多分6時から売る」と言っていたし、周りに並んでいる人も6時からだと言っていたが、時間を過ぎても一向に売り始める気配がない。だんだん周りが騒がしくなってくる。小屋の中で電話が鳴っても誰も出る気配もない。6時半を回り、ますます人は増えるが販売は始まらない。隣に並んだおっちゃんが携帯で「まだ買えない、俺の後ろに2kmくらい並んでる」と叫んでる。
そのうち私たちの前に並んでいたグループの子が仲間を列に残して偵察に出掛けて戻ってきた。「スタジアムの窓口でもう売ってる!」
彼らの後を追って私たちもスタジアムの逆サイドへ走る。動きに気づいてみんなわらわらと走る。やっと見つけた“開いてる”チケット売り場。既に売り切れている席もあったけれど、今回はアウェイだし、張り込んで高い席で見るつもりだったので無事にチケットもゲット。よかったぁ~…と安心したのもつかの間、2枚買ったのに並び席じゃなかった…。ま、試合中はそれぞれ熱中してみてるからいいかとあきらめる。もう一度並ぶのいやだし。以上、ちょっとがっかり・その3。

安心したらお腹がすいてきた。並んでる中で一番近い車屋台でサルシッチャのパニーノを買う。これが大当たり!空腹のせいかもしれないけどもんのすっごくおいしかった。「おいしい」より「うまい」が適切かな。がつんとHP回復。

いよいよスタジアムに入ります。ゲートを入ると、スタジアムの入り口でDUCATIを展示してレースクイーンのおねーさんがプロモーション中。さすがボローニャ。
中に入ってもっとびっくり。なぜスタジアムにこんなものが?
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そして、スタジアムとは思えない素敵なシャンデリア輝く階段をのぼってスタンドへ。
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案内のおにーさんに教えられたとおり通路の階段をのぼるとまずMさんの席発見、もう少し後ろの私の席がある段までのぼると、テーブルつき記者席になっており通路閉鎖。私の席は記者席と同段の奥だった…。
せっかく登った階段をおり、次の通路まで歩いてまた階段をのぼってやっと席に到着。一部始終を見ていたらしい何列か後ろの席のおっちゃんに「Brava!」と声をかけられる。「ありがとね。でも今日はJuveの応援なの。ごめんね」とびみょーな気分になりつつも、さすが高い席、おざぶとんがついてた♪
そして真正面にはいつもテレビで見ていたあの塔が!
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まもなく、キックオフ。
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点火開始!
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炎上!!
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以上、ボローニャ・ウルトラのみなさんでした。

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あんまりうちの選手ばっかり撮っているとJuveファンだとばれちゃうので、写真はこれくらいにして試合に専念。その割には0-0で引き分けという結果になんだかな…だったけど、負けてがっかりが増えるよりはいいでしょう。
ハーフタイムにはスタジアムのトラックを使った、Ducatiのショー(?)も見れたし。

翌日はRavennaに向かいます。
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by s_fiorenzo | 2008-05-17 12:27 | 2001年MILANOの旅 | Comments(2)

LA FATA DI CINTURA:ベルトの精

初めて親元を離れてのびのびと暮らし始めた頃のお話。
いつものように駅からの帰り道、教育の森公園をてくてく歩いていると、唐突に「あなた、きちんとベルトをしてらして感心ね」と声をかけられた。振り返ると小柄で上品ないでたちのおばあさんが。突然声をかけたことを詫びつつ彼女の話は続く。
聞けば若い頃にご主人とともにアメリカやヨーロッパで暮らした際に、ジーンズとはいえベルトを忘れるとまわりから指摘されたり、時には「持っていないならあげようか」とまで言われたとのこと。「もちろん、若い方のファッションもおありだろうけど、私のような世代には気になってねぇ。だからつい声をかけてしまってごめんなさいね。おほほほ…。」
その後何年か同じ場所に住んだけれど二度と彼女と会うことはなく、ほめられて気持ちがいいのと、あれはなんだったんだろうという不思議な気持ちだけがいつまでも残っている。以来彼女のことは“ベルトの精”と呼んでいる。

だからってわけじゃないけど、気がついたらベルトが増え続けている。
ここで声を大にして言いたいのは決してウエストサイズの成長に正比例しているわけではない!!
近年の流行でジーンズのウエストの位置がどんどん下がったせいで、股上が深かった頃のものが短くて使い物にならなくなったから必然的に本数が増えてしまったのだ。そして、いつか股上の深いジーンズの時代がもう一度来た時のために捨てていないだけだ。
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この中で幅太グループのゼブラ柄は皮の傷みが激しいので、残念ながらこの冬でお役御免と相成りました。
並べてみて気がついたが幅太グループにベーシックな黒ベルトがない。「最初は靴とベルトの色を合わせなさい」と言っていたベルトの精のお告げに反するな。いかんいかん、調達せねば。黒い靴と一緒に。
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by s_fiorenzo | 2008-05-15 23:06 | DIARIO | Comments(2)

ボローニャ紀行/井上ひさし(文藝春秋)

d0043369_1716276.jpg少年時代に出会った修道士との縁をきっかけにボローニャに強い関心を持ち続けた筆者が、TV番組の取材も兼ねて「ボローニャ方式」といわれる社会の運営方法の本質を探る旅の記録。訪れるのはホームレスの支援組織であったり、元パルチザンの老人のもとであったり、大学、図書館、劇場であったり。
憧れのボローニャを目指すべく降り立ったマルペンサでいきなり有り金(1万ドル+200万円!うらやますぃ)全部持っていかれるという不幸に見舞われながらもめげない精力的な取材が街の、人々の魅力を伝えてくれます。ボローニャ滞在、1泊伸ばそうかな(笑)

ちなみにこのきっかけとなるTV番組のプロデューサー・星野まりこさんが書いたのが「ボローニャの大実験-都市を創る市民力(講談社)」。
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by s_fiorenzo | 2008-05-12 17:59 | BIBLIOTECA | Comments(0)

VILLAGGIO ITALIA:名古屋港イタリア村

この村というかテーマパーク(?)の存在を知ったのは去年。某国営放送のイタ語番組のロケで出てきて初めて知った。
デパートでよくある「イタリア物産展」の規模の大きいのくらいだろうけど、名古屋の方へ行く機会があったらいっぺん行ったろ…と思ってたら行く前に自己破産だって…。残念。
夕食はパスタに決定。

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*写真はホンモノのVENEZIA
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by s_fiorenzo | 2008-05-08 18:37 | ITALIA | Comments(4)

フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロの小書斎 ・ストゥディオーロ展

先月イタリア文化会館で行われていた展覧会。
美術に全く興味のなかった学生時代だったけど、教科書で見た覚えがあるこの横顔がFederico da Montefeltroさんと妻のBattista Sforzaさん。描いたのは有名なPiero Della Francescaさん。
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このフェデリーコさん、ウルビーノ公国を治める君主であり、高名な傭兵隊長でもある一方、熱心に芸術や文学を保護した文武両道の人物。そんな彼がGUBBIOのドゥカーレ宮殿に持っていた小書斎を、現代の職人たちが実物大で作った複製がこちら。(写真はイタリア文化会館HPより)
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小さな部屋の壁面が見事な寄木細工で出来ています。いくら「小」とはいえ、宮殿内の書斎ならもう少し大きくてもいいのに…と思わなくもないけど、庶民のワタクシにはこんな読書部屋欲しいねぇ…と思ってしまう程よい広さの居心地のいいすてきなお部屋でした。
細工の見事さもさることながら、本物が本来の場所にないなら(NYメトロポリタン美術館にあります)自分たちで作ってしまえ~という地元の人たちの心意気がすてきです。

ちなみにフェデリーコさんの跡継ぎ息子Guidobaldo da Montefeltroさんは、チェーザレくんの物語にも出てきます。彼も父上と同じく傭兵隊長だったようですが、ボルジアさんちには味方だったのに攻められたりと、踏んだり蹴ったりの目にあわせられます。
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by s_fiorenzo | 2008-05-06 23:31 | ITALIA | Comments(2)

豆ごはん

d0043369_2347641.jpg"豆らー"にはうれしいこれからの季節。
豆ごはんに挑戦!
とりあえず1パック買ってきました。
10本入っていて、豆を取り出すとこれくらい。
何グラムかって?量るわけないじゃない、B型だもの。

d0043369_23502948.jpgお米1.5合に目盛りどおりの水、豆、日本酒 大さじ1杯、塩 小さじ1、だし昆布10cmくらいを加えてスイッチオン♪

昆布と玄米のせいで少々黄ばんで見えますが、お豆ほくほくでおいしくできあがりました。
超カンタン♪ 豆の量もちょうどよかったけど、塩が多かった。今度は半分以下にしたろ…。
以上、おぼえがきでした。
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by s_fiorenzo | 2008-05-02 23:59 | CUCINARE | Comments(4)

PIACENZA 3(2001.10.7)

INZAGHI邸の余韻をひきずってぽわんとした頭でDUOMO詣で。
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1122~1233年にかけて建造、鐘楼は1333年のもの。
隣のより目をひく黄色い建物は司教館:Palazzo Vescocile。二つの建物の前は真ん中にマリア像を抱いた尖塔のある小じゃれた広場になっている。

そしてこちらはPalazzo Farnese、1558年の着工以来未完の建物は、現在は博物館として使われている。
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さくっと2件紹介した後は帰り道の話。
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by s_fiorenzo | 2008-05-01 22:35 | 2001年MILANOの旅 | Comments(0)