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カテゴリ:2001年MILANOの旅( 46 )

2001/02シーズン JUVENTUSホームゲームチケット

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初めてのトリノ、初めてのスタディオ・デッレ・アルピ、初めての生敗戦…etc.
2001年9月だから、まだデッレ・アルピだった時代のトリノでの初観戦はクルヴァデビューだった。
席にはカラーセロハンが配られていてコレオの一角を担ったり、日本人女性のグループが物珍しかったのか周りのガチなティフォージの強面のにいさんたちにもいろいろ親切にしてもらったっけ。
今では改装されてユヴェントス・スタジアムになり、家族連れが増えて、クルヴァでもノルドには赤ちゃん連れた人もいるくらいのどかになりましたねぇ…

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左はこのシーズンに移籍してきたばかりのパヴェル・ネドヴェド選手とのツーショット、右はクルヴァの自席から見たピッチ。
今では考えられないけど、この頃のパヴェルはそんなにファンが集まる選手ではなくて、サインや写真をお願いに行ったら「え、ボク?」みたいな反応が印象的でしたね~
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by s_fiorenzo | 2013-08-25 12:34 | 2001年MILANOの旅 | Comments(0)

BOLOGNA 2 (2001.10.22)

ボローニャ3日目。3日目にしてやっと市内観光ができる♪
タクシーで駅に着くと、駅前では何かのデモ前の集会中で少し離れた所でおろされる。この日はモデナへ行くというMちゃんと、午後からローマへ移動して友達と合流する私は駅でお別れして別行動。まずMちゃんをホームで見送り、1週間分の大きな荷物を抱えて手荷物預かり所へ行くと…「ストだから今日は預かれない。コインロッカーも今日はだめ」…そ、そんなぁ!これ持って塔のぼれないでしょ~。がっかり。

気を取り直してバスでPiazza Maggioreまで行ってみる。重い…。とりあえずDuomo詣。
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“参ったなぁ~。駅のおじさんは観光案内所にコインロッカーがあるかもしれないなんて言ってたけど、あるわけないなぁ…”なんて思いながら教会前に座って休憩。
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休憩を兼ねて広場を撮影。

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“あれがGiganteかぁ。Beppe Signori(セリエAで一番最初に好きになった選手♪)がボローニャに移籍した時、あそこで写真撮ってたのを雑誌で見たな…。でもその前にダメもとでインフォメーション行ってみよ”
インフォメーションで聞いてみると、やっぱりコインロッカーなんてあるわけがなく、「駅にはあるよ」と言われる始末。予想はしてたけどやっぱりがっかりはがっかり。

インフォメーション内ではフェラーリやドゥカティのグッズ、ポストカードなどちょっとした土産物も売っていて、このままボローニャ土産が何もないのもくやしいし…とフェラーリのロゴ入りえんぴつを数本選んでレジへ。この日は移動日、だからパスポートやレイルパス、航空券、メインの財布etc.すべての貴重品を小さいショルダーバッグに入れて、ファスナーの終わりにナンバー式南京錠をかけていた。“こういうゆっくり買える店はお札を崩すチャンス♪”と鍵をあけようとすると…

回らない…emoticon-0108-speechless.gif 3つあるどのダイヤルも回らない…emoticon-0107-sweating.gif

いつも少額はポケットに突っ込んでるので、とりあえずそれで支払ったものの困った…マジでやばい…

“こんな時にはまず落ち着こう…”と隣のカフェへ。
“そうだ!荷物の中にはペンケース。ペンケースの中にはカッターナイフ!”
おしゃれな広場のカフェで、あたたかいお日様を浴びながら、自分のバッグを自分のカッターナイフで切り裂く私…。スリに切られても惜しくないようにと○ニ○ロで1000円も出さずに買ったバッグだけど、まだまだ新品なのにぃ!ちょうどいい大きさで重宝してるのにぃ!

悔しかったけど、それでも中身が取り出せるだけの切り目が入れられると小さくガッツポーズ。さ、Giganteさんにご挨拶に行こっと。
“この台の上でSignoriは新天地でがんばろーと誓ったのね~”と見上げたが、もしかすると彼は下のセイレーンにうっとりしていただけかもしれない。
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暑くなってきたし、荷物重いし、さっきのがっかりは大きすぎたな…とここで観光は諦めて駅へ戻る。さっきはサービスのストがどうのこうの言ってたけど電車はちゃんと動いていることを確認して待合室へ。予約したESまで1時間くらいをぼんやりしていると、壁に字がいっぱい刻んであることに気付いた。
それは1980年8月2日に起きた爆破テロの慰霊碑だった。犠牲になった方の名前をひとりずつ読んでいくと3歳の子供からお年寄りまで、亡くなった方はもちろん、怪我をした方、そして家族の方まで名前を刻まれた方だけでないあらゆる世代のたくさんの人の人生が一瞬にして大きく変わってしまったことがわかる。

時間が来たのでホームに出るとデモの人たちと遭遇。どうやらお掃除サービススタッフのストだったようで、ゴミ箱のゴミ、ほどいたトイレットペーパー、はたまたホーム直結のマクドのゴミetc.をホームや線路に撒き散らして歩いていく…。すごいぞ、ボローニャ。
ゴミだらけの線路に入ってきたESに乗ってボローニャとはこれでお別れ。絶対“見るとこない”わけないし、それより美食の街に来て食べたものがスタジアムのパニーニとホテルの朝食だけってありえないでしょう。必ずまた来てやるぅと決めてから早7年。ついにボローニャ行きが決定。リベンジできるかなぁ~?
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by s_fiorenzo | 2008-05-25 00:47 | 2001年MILANOの旅 | Comments(10)

RAVENNA(2001.10.21)

ボローニャでの2日目は街を観光するつもりでした。連れのMちゃんもてっきり初日に回りきれなかった所に行くんだろうと思ってました。
ところが彼女あっさり「別に見るとこないよ~。半日でも時間が余っちゃったから、塔に登っちゃった。明日、私はラヴェンナに行くから」と言い放つではありませんか。意外なお言葉にどびっくりの私。“見るとこない”ことにかけては1等賞のミラノでさえ、毎日いろんなところに出かけては喜んでる私ってなに?ぜったい見るとこないわけないよ!
「ラヴェンナってモザイクが世界遺産のとこだよね」程度の認識の私にMちゃんは“孤独な惑星”を見せてくれました。英語版だったので全くわからなかったのですが、「あ、この絵(テオドラさんのモザイク)知ってる。私も一緒に見に行く!」…かくしてボローニャ観光は3日目にひとりですることにして、朝型人間Mちゃんに合わせて朝8時の電車(早っ!)でラヴェンナに向かうことになったのでした。

d0043369_2295229.jpg朝起きて、部屋のカーテンを開けると何も見えない!“これがウワサの北イタリアの霧かぁ~すご~~い!!ホントに目の前に霧があって動いてるよ”
霧に見とれてると置いてきぼりをくうので、あわてて用意をしてタクシーを呼んで駅へ向かう。さすがに日曜の早朝とあって、エミリア街道すいてます。とばします。その頃にはもう霧も晴れてきていたが、途中、発煙筒を焚いて車線規制をしているので何かと思えば路肩に全焼した車の残骸が。単独事故でこんなになっちゃうって…。
私たちのびびった様子を察してか「霧だったからね~」と運転手さんはこともなげに言うけどね。霧で見通し悪くて事故るというのは本当によく聞く話だけど、だったら徐行しましょうよ、みなさん。(*写真はGoogle Immaginiより)

さて、リミニ行きの電車に乗ってラヴェンナで下車。
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ばっちり予習済みのMちゃんに連れられて効率よく要所要所を回る。
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最後に街から約5km離れたBasilica di Santa Apollinare in Classe:サンタポッリナーレ・イン・クラッセ聖堂へ駅前からバスで行く。バス停で待っていると、同じくバス待ちのおじいちゃんたちが話しかけてきた。
「クラッセへ行くの?」「そうです、ここから乗ればいいんですよね?」「あそこは見るべきだよ。すばらしいよ」…に始まり、
「きみたちは日本人?」「そうです」「ここにはたくさん外国人が来るけど、日本人はみんなやさしいし感じがいいね」「う~ん、人によりますよ」…と続き、
「いや、そんなことはない。みんなとてもやさしいよ。私は10年前に妻を亡くしたが、今度結婚するなら日本人とがいいな」…と急転回。
“これってナンパの一種ですか?つーか、まだ結婚する気があるって…いいぞ、そういうの、嫌いじゃないぞ:)” そうこうするうちにバスが来た。彼らも乗るのかと思っていたけど、「もう少しここで話をしているから」と誰も乗らない。どうも広場のベンチで集うかわりにバス停のベンチに集っていたおじいちゃんたちだったみたい。だんだん日が傾いてきた日曜日の午後、あのおじいちゃんは仲間と別れたらひとりのおうちに帰ってごはん食べるのかなぁ…なんて思ったら、少し寂しい気持ちになっちゃった。もう少しちゃんとイタ語使えたら、話を盛り上げられるのにな…。日常会話って難しい。

さて、Basilica di Santa Apollinare in Classeに着いたのは閉場の約30分前。駐車場にbagnoがあることを確認し、まずは見学。慌しい見学だったけど、1日の終わりの陽射しに輝く金色のモザイクはすてきでした。こうやって天国を表現するのねと納得。
路線バスで降りたのは私たち2人だけで、あとは車や観光バスで来ている人ばかりだったから行きにくい所なのかもしれないが、ここはバス停のおじいちゃんの言うとおり行った方がいいですよ。終わりの鐘が鳴っても団体の客もいるし、追い出されるまで見ておこうと最後まで居座った結果、bagnoは鍵をかけられてましたが(涙)。

駐車場の外れにバス停があるのだけど、潮の匂いのする風に吹かれて待っているのは私たち2人だけ。観光バスが出て行き、駐車場の車もみんないなくなった。時刻表にはまだ何本もバスの時間が書かれているが、あたりはだんだん暗くなってくるし、本当に来るのかな?と不安になってくる。車もほとんど通らないし、まわりにはなぁんにもないし、街の灯りは遠~くの方だし、バニョりたいし。

しばらくして無事にバスも来て、駅に戻れてほっとひと安心。じゃ、ボローニャに帰ろう!と切符を“ガッチャン”しようとすると、動かない。すると、さっきとは別のおじいちゃん登場。何度か試してみて「壊れてるね」と、別の機械へ連れて行ってくれるが、また故障中。さらに別の所へ連れて行ってもらいやっと“ガッチャン”成功。
このおじいちゃんは私たちが日本人とわかると「私は仏教徒でね」…と話が始まる。
「日本人も仏教徒でしょ?」「仏教徒多いけど、うちはクリスチャンですよ」「イタリア人の仏教徒と日本人のキリスト教徒がイタリアで話してるっておもしろいね」「たしかに」…と続く。
このおじいちゃんは「もう少ししたら仏教の勉強にパリに行けて、もっと勉強を進めると日本に行けるんだ」と言っていました。“行ける”という言い方が「?」な気分にさせますが、おじいちゃんの願いはかなったかな。かなってるといいな。

ラヴェンナの話はこれでおしまい。相変わらずこどもと老人と犬にはモテるな…と再確認の1日でした。「世界遺産がお散歩コース」というこのうらやましいわんちゃんにも、もちろんしっぽ振ってもらいましたよemoticon-0105-wink.gif
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by s_fiorenzo | 2008-05-23 23:53 | 2001年MILANOの旅 | Comments(0)

BOLOGNA 1:Bologna vs Juventus (2001.10.20)

パルマ、ピアチェンツァから戻ったあともミラノでいろいろ楽しくしていたけれど、そのことをつらつら書く前に、滞在の最後に行った旅行編を先に書くことにした。だって、2008年の旅がせまってきたからねっ。

ステイ先のmamma、nonnaに別れを告げたあと、大急ぎでCentraleへ。駅でこれからローマへ行くというクラスメートのKくんとばったり会う。私のローマ滞在は2日後だったので“お互いに時間があったら連絡取り合いで…”と連絡先を交換して、私はボローニャへ向かうESに乗り込む。

前週から来伊中のMさんとボローニャで合流して、Bologna-Juventusを見に行くことになっていたのだが、前売券を取り扱う銀行をミラノ市内で探し出して行ったものの「この試合は扱わない」といきなりがっかりなお知らせ・その1。

d0043369_11555750.jpgがっかりその2は、ちょうど見本市の季節で市内のホテルが全く取れず、やっと取れたのがHoliday Inn Via Emilia…。
駅前でタクシーに乗り、走る。走る。走る…飛行場が見えてもまだ着かない…。有名なエミリア・ロマーニャ街道を一般道とは思えないスピードで突っ走ってやっとホテル到着。遠いし、何もない…。


ロビーで待っていると程なくMさんもやって来たので、急いでチェックインを済ませ、タクシーを呼んでもらい今度はStadio Renato Dall'Araへ走る。「Biglietteriaに行きたい」という希望通り、スタジアム前のチケット小屋の前で降ろしてもらった時にはすでに各窓口に20mくらいの列。でもまだ窓口は閉まっていて販売は始まっていない様子。
タクシーの運転手さんは「多分6時から売る」と言っていたし、周りに並んでいる人も6時からだと言っていたが、時間を過ぎても一向に売り始める気配がない。だんだん周りが騒がしくなってくる。小屋の中で電話が鳴っても誰も出る気配もない。6時半を回り、ますます人は増えるが販売は始まらない。隣に並んだおっちゃんが携帯で「まだ買えない、俺の後ろに2kmくらい並んでる」と叫んでる。
そのうち私たちの前に並んでいたグループの子が仲間を列に残して偵察に出掛けて戻ってきた。「スタジアムの窓口でもう売ってる!」
彼らの後を追って私たちもスタジアムの逆サイドへ走る。動きに気づいてみんなわらわらと走る。やっと見つけた“開いてる”チケット売り場。既に売り切れている席もあったけれど、今回はアウェイだし、張り込んで高い席で見るつもりだったので無事にチケットもゲット。よかったぁ~…と安心したのもつかの間、2枚買ったのに並び席じゃなかった…。ま、試合中はそれぞれ熱中してみてるからいいかとあきらめる。もう一度並ぶのいやだし。以上、ちょっとがっかり・その3。

安心したらお腹がすいてきた。並んでる中で一番近い車屋台でサルシッチャのパニーノを買う。これが大当たり!空腹のせいかもしれないけどもんのすっごくおいしかった。「おいしい」より「うまい」が適切かな。がつんとHP回復。

いよいよスタジアムに入ります。ゲートを入ると、スタジアムの入り口でDUCATIを展示してレースクイーンのおねーさんがプロモーション中。さすがボローニャ。
中に入ってもっとびっくり。なぜスタジアムにこんなものが?
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そして、スタジアムとは思えない素敵なシャンデリア輝く階段をのぼってスタンドへ。
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案内のおにーさんに教えられたとおり通路の階段をのぼるとまずMさんの席発見、もう少し後ろの私の席がある段までのぼると、テーブルつき記者席になっており通路閉鎖。私の席は記者席と同段の奥だった…。
せっかく登った階段をおり、次の通路まで歩いてまた階段をのぼってやっと席に到着。一部始終を見ていたらしい何列か後ろの席のおっちゃんに「Brava!」と声をかけられる。「ありがとね。でも今日はJuveの応援なの。ごめんね」とびみょーな気分になりつつも、さすが高い席、おざぶとんがついてた♪
そして真正面にはいつもテレビで見ていたあの塔が!
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まもなく、キックオフ。
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点火開始!
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炎上!!
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以上、ボローニャ・ウルトラのみなさんでした。

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あんまりうちの選手ばっかり撮っているとJuveファンだとばれちゃうので、写真はこれくらいにして試合に専念。その割には0-0で引き分けという結果になんだかな…だったけど、負けてがっかりが増えるよりはいいでしょう。
ハーフタイムにはスタジアムのトラックを使った、Ducatiのショー(?)も見れたし。

翌日はRavennaに向かいます。
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by s_fiorenzo | 2008-05-17 12:27 | 2001年MILANOの旅 | Comments(2)

PIACENZA 3(2001.10.7)

INZAGHI邸の余韻をひきずってぽわんとした頭でDUOMO詣で。
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1122~1233年にかけて建造、鐘楼は1333年のもの。
隣のより目をひく黄色い建物は司教館:Palazzo Vescocile。二つの建物の前は真ん中にマリア像を抱いた尖塔のある小じゃれた広場になっている。

そしてこちらはPalazzo Farnese、1558年の着工以来未完の建物は、現在は博物館として使われている。
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さくっと2件紹介した後は帰り道の話。
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by s_fiorenzo | 2008-05-01 22:35 | 2001年MILANOの旅 | Comments(0)

PIACENZA 2(2001.10.7)

「とりあえず街の地図が欲しいね」と広場の隅にあるインフォメーションを訪ねると、閉店直前に駆け込んだにもかかわらず優しいおねーさんが快く地図をコピーしてくれた。閉店間際なのにイタリアとは思えない。いい人だ。
地図を受け取りつつ、一応聞いてみた。「あの~、San Nicolo`ってどの辺ですか?」おねーさんは嫌な顔ひとつせず「この地図には出てないわね。あ、でもバスの時刻表あるからちょっと待ってて」と時刻表までコピーをとってくれた。「あと15分あるから、次のバスに乗れるわよ」と送り出してくれた彼女、本当にいい人だ。Piacenzaっていい街だ。
こんな展開になろうとは思っても見なかったINZAGHISTA2人+1。バスの本数のあまりの少なさに一瞬躊躇したが「せっかくだから行ってみるか~!」「もしかするとミラノへ戻る前によってるかもしれないし」「会えちゃったりして」と妄想を膨らませつつ急いで駅へ戻る。

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by s_fiorenzo | 2008-04-18 15:11 | 2001年MILANOの旅 | Comments(2)

PIACENZA 1(2001.10.7)

階下のダイニングから上がってくるパンを焼くいい匂いで目が覚めたPARMAの朝。
失礼ながら、正直朝ごはんには期待してなかったのでうれしさ倍増、おかずなしの普通のイタリアのホテルの朝食とはいえ、やるなぁSAVOY HOTEL。

この日の予定は12時にPIACENZA駅でCちゃんと待ち合わせて、3人で観光。
彼女、本当は学校主催のCertosa di Pavia遠足に参加の予定だったが、中止になってしまい急遽PIACENZA観光に参加することになった。この遠足、参加申し込みをした時点で「詳細は追って知らせる」と言われたまま何も知らせはなく、2日前の金曜日の午後、事務所に聞いたら「参加者が少ないから中止になったわよ」と。「中止の連絡すらないんだねえ~」こんな些細なことからも「全部自分で動いていかなきゃ何も進んでいかないんだね」とうなずきあった次第。

さて、愛しのぴぽりんの故郷という動機だけで「帰りにPIACENZAも行ってみよ~」と決めたINZAGHISTA2人+弟君がミラニスタのCちゃんですが、前日PARMAへ向かう途中で停車した時には、駅のすぐそばに大きな工場があってその日の曇り空のせいもあってか、なんだかどよぉんとしていて正直それほど期待してませんでした。
が、どよぉんとしているのは駅そばだけで、少し歩くと緑がきれいな広場があったり、かわいい商店が並ぶ通りを歩いてすぐcentro到着。ここまでMILANOだ、TORINOだと大きな街で週末を過ごしてきて、小さな地方都市で迎える初めての日曜日…静かです。店あいてません。お昼時にもかかわらず、人ほとんどいません。途中、INZAGHI兄弟の写真を飾ったお菓子屋さんがあったけれど、次に開くのは月曜日の午後…がっかり。

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いちばんメインの広場、Piazza dei Cavalliにやってきました。Il Gotico(ゴティコ)と呼ばれる1281年建築のゴシック建物は、現在は市庁舎となっています。
建物の前には広場の名前の由来となる2つの騎馬像があり、どっちがどっちだったかは忘れたけどこの地を治めたFarneseさんちのAlessandroさんと息子のRanuccioさん。Francesco Mochiの代表作だそうです(1620~25年)。
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そして広場に面した教会はS.Francesco。1278年創建。
Duomoはこっち。あとで寄るから待っててね。
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by s_fiorenzo | 2008-04-17 22:52 | 2001年MILANOの旅 | Comments(0)

PARMA6:2002 FIFA World Cup Korea/Japan, European Qualification Group 8, 8th Match(2001.10.6)

一度ホテルに戻ってお昼寝のあとは、いよいよメインイベント、2002ワールドカップ予選最終戦・イタリアvsハンガリー!
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スタジアム前では小さな三色旗を配っていたから遠慮なくいただいた♪ 裏はマメーリの歌詞カードになってる…(提供:IntesaBci)
そういえば、ちょっと前にTVで「あなたはInno di Mameriを歌えますか?」という街頭インタビュー特集をやっていたっけ。イントロだけ威勢よく歌える人、「タカタッ タカタッ タカタタタタタンッ」だけ歌える人、勝手に歌詞作ってる人…etc. なかなかちゃんと歌えない人ばかりでさんざん笑わせて、最後はいろんな人が個々に歌える部分だけを編集でつないで1曲完成!というつくりで、「この国は代表選手含めて国歌を歌えない人が多い」説を裏付ける内容でした。

さて、デッレアルピより遥かにゆるいチェックを済ませていよいよスタジアム内へ!
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わ~い初・生PIPPO!遠くにいたってすぐわかる♪
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アップから引き上げるイケメントリオとデメトリオemoticon-0169-dance.gif
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国歌斉唱。いい席を取ってくれてありがとう、Savoy Hotel。2枚目はクリックですごく大きくなります。
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スタメンならではの記念撮影。誰よりも遅く並んで、誰よりも早くピッチに向かうのはFIGC副会長。
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いよいよ20:45、試合開始。
この時点で勝ち点17で首位、負けても2位以内のイタリアと勝ち点8で既に予選敗退が決まっているハンガリーの対戦は一見イタリアの楽勝に思われるが、2位には勝ち点15でハンガリーの隣国ルーマニアが迫っている。しかもアウェイでは得点しては追いつかれの繰り返しで結局2-2の引き分け。決して楽勝の試合じゃないんです…。
案の定、得点の匂いが全然しない試合で、数少ない見せ場がこちら。唯一の得点、そしてグループリーグトップ通過を決めたフリーキックを狙う北の王子と指をくわえて見守る南の王子、さらにこぼれ球は俺様のものと狙うぴぽりん。
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結果はALEが決めて1-0。そのまま試合は動かずだったので、ここからはぴっぽまつりをお楽しみください。
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初AZZURRI、初ぴっぽ、勝利に酔いしれた後はてんこもりになった生ハムにうっとりしながらPARMAの夜はふけていくのでした…
当時はひでぞう選手がFC PARMAに在籍していたこともあってか、やたら「ナカ~タ」「コニチワ」「サヨナ~ラ」と声をかけられました。特に若者とすれ違うときには80%以上の確率で言われましたね。スタジアムでもおっさんにイタ語で「今日はナカ~タはいないよ!」とか言われるし…。「AZZURRIのために来たんだよ!」と言い返したら「BRAVA」ってほめてくれたけど。

明日はMILANOへ戻る途中、ぴっぽの故郷・PIACENZAに立ち寄ります。(←UPはいつのことだか…)





あの…さっきからぴぽぴぽぴぽぴぽって、今日の主役はボクなんですけど…
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わかってますって、かぴた~のemoticon-0152-heart.gif
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by s_fiorenzo | 2008-04-02 00:30 | 2001年MILANOの旅 | Comments(2)

PARMA 5(2001.10.6)

ほらまた前回から1ヶ月近くたっちゃった…。

腹ごしらえが済んだところでDuomoへ向かいます。初めての街に行ったらDuomo詣ではお約束。ドラクエか。
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ひんやりとして薄暗い聖堂内は真っ昼間なのに夜の雰囲気。ロウソクに火を灯して旅の安全とAzzurriの勝利をお願いして外へ出る。
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1294年建造のDuomoの鐘楼の向こうに見えているのは、サン・ジョヴァンニ教会:Chiesa Abbazia di San Giovanni Evangelistaの鐘楼、こちらは17世紀初頭のもの。数百年の隔たりのあるものが同時に、普通に写り込む…これがイタリアの魅力のひとつかも。
San Giovanniの方には行かなかったが帰国してから調べたら、教会自体は1510年の建築でクーポラを飾るフレスコ画の作家はDuomoと同一人物Correggio。12世紀に建てられたDuomoよりも先にSan Giovanniに描き(右・1520~23年)、それからDuomoに描いた(左・1526~30年)らしい。
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これも帰国してから調べてがっかりだったことは、クーポラ比べもだけでなくこの教会の回廊とか薬局もなかなか素敵だったみたいってこと。

気を取り直して…。Duomoを出るとすぐ前にはピンク色の大理石をふんだんに使った八角形の建物、洗礼堂がある。ピンクはそれほど好んで選ぶ色ではないけど、この大理石のピンクは結構好き。
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洗礼で思い出した。うちの家族は全員洗礼名を持っていて、みんな英語風の名前なのだが私だけイタリア風なんだよね~。赤ん坊の頃からイタばかになる運命ってことか、じゃ、間違ってないわ。
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by s_fiorenzo | 2008-03-27 23:19 | 2001年MILANOの旅 | Comments(4)

PARMA 4(2001.10.6)

いちばん賑やかな広場Piazza Garibaldiへやってきた私たちは、レモンイエローの街PARMAを象徴するような黄色い建物“Palazzo del Governatore”を正面に眺めながらお昼ごはん。隣の席のグループに次々運ばれては平らげられていく皿の多さに驚いたことは覚えているけど、自分たちが何を食べたか覚えていない…。
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*写真はParmaitalyより

この建物はライトアップされるとこんなに素敵な感じになるらしいのだが、試合後この界隈に戻ってきた頃には超おなか減ってるのに店は閉まってるか満席だし、こんなきれいなことになっていたかどうかは覚えてません…
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*写真はVirtualTouristより
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by s_fiorenzo | 2008-03-01 21:36 | 2001年MILANOの旅 | Comments(0)