PIACENZA 3(2001.10.7)

INZAGHI邸の余韻をひきずってぽわんとした頭でDUOMO詣で。
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1122~1233年にかけて建造、鐘楼は1333年のもの。
隣のより目をひく黄色い建物は司教館:Palazzo Vescocile。二つの建物の前は真ん中にマリア像を抱いた尖塔のある小じゃれた広場になっている。

そしてこちらはPalazzo Farnese、1558年の着工以来未完の建物は、現在は博物館として使われている。
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さて、めぼしいところは見たし、そろそろおうちに帰ろうかと駅に戻ります。
来た時にはほとんど人のいない駅だったのに、窓口周辺には人だかりが。や~な予感がしてボードを見ると…乗るつもりだったICは2時間50分遅れの表示。やられた~!待ってるうちにミラノに着いちゃう。聞いてみるとミラノのCentraleではなくGaribardiに行く各駅停車が時間はかかるけれども一番早く着くことわかったので、色とりどりのペイントが施された電車に乗り込みました。乗車率50%に満たないガラガラの車内を見回すと、伊人と思しき人はちらりほらり(判断基準:INVICTAのリュック)。ローカルな電車こそ伊人しか遭遇しないもんだと思ってたからちょっと驚く。「この電車、圧倒的に外国人の方が多いね…」「うん、うちらも外国人」。

いつもだったら「こんなところに駅作って、誰が使うんだろう」と思いがちな小さな駅に一つひとつ停まり、伊人らしき乗客がひとぉ~り、またひとぉ~りと降りて、ついに「この電車、客は全員外国人みたい…」「他に絶対日本人乗ってないと思うけど、イタ語も通じなかったりして」「うん、ある意味国際列車」。
雨が降って薄暗い窓の外には畑とぽつりぽつりと立つ木のシルエットしか見えず、だんだんさみし~い気分になってくる車両の隅っこのボックスシートでこそこそ謎の言語を話す東洋人3人、私たち。

こんなローカルの極みみたいな電車でも車掌さんが検札に来ます。これもちょっとびっくり。私たちの切符をチェックした後、途中から乗って来て斜め後ろのボックスシートに一人で座っていた褐色の肌の美女のもとへ。
が、彼女、切符を持っていない。身分証を求められてもパスポートも持っていない。車掌さんは声を荒げるでもなく、淡々と彼女にいくつかの質問をし、彼女の隣のボックスすなわち私たちの真後ろのボックスに座って携帯でどこかに連絡している。
すっかり耳がダンボになった私たち、「ミラノまで行くみたいだね」「友達がパスポート持ってるって言ってたね」「車掌さんが怒ったりしないの、逆にこわいね」「おねーさん、伊語うまいね」「でもさ、車掌さんがここにずっと座ってるってことは、うちらの席が一番安心な場所かもね」「そーだね」

やがて電車はミラノ市内に入り、希望通りミラノまで来たおねーさんはLambrateあたりで乗り込んできた3人の警官に周りを固められて電車を降り、車掌さんも何事もなかったようにまた後ろへ戻って行きました。「切符持っていなかったら正規料金+罰金」では済まず、かなり立派な銃まで携帯した警官が3人も来ちゃって、これにはかなりびっくりしました。

ICなら45分で帰れるところを2時間近くかけて帰る羽目になったけれど(ぴっぽ邸で粘らなくてホントよかった…)、なかなか出来ない体験をいろいろしてPiacenza編は終了…と言いたいところだが、家のすぐそばに最後のトラップが残っていた…。

De Angeli駅を出て、4本のVia○○を使ういつものルートを通って家に向かいます。通り沿いのアパートの窓はほとんどシャッターを下ろしていて、ところどころまだ下ろしていない窓からはあたたかい光がもれています。「おなかへったなぁ。先にごはん食べていてねと言ったつもりだったけど通じたかな」なんて思いながら急いで歩いていると、3本目の道の終わりの鉄柵が閉まってしっかり鍵がかかっている…。一瞬乗り越えようかと思わなくもなかったけど高さもあるし、防犯カメラもついているし。しょうがないから2本目の通りまで戻ってぐる~っと大回り。こういう時に限ってうまくショートカットできる道ってないものですね。閉まっていることを知ってたらひとつ手前のWagnerから歩いた方が近かったみたい。家に帰ってmammaに「門が閉まっててさぁ~」と話したら「あら、教えてなかったかしら?日曜日は閉まるのよぉ」って、教わってませんから。次の日見たら「Via Privata なんちゃら」と書いてありました。ったく、私道に名前つけなくても…privataを大きく書けよ…閉まる時間書いとけよ…ぶちぶち。(この2年後、2003年にmammaに会いに行った時には、開閉時間の表示が出てました)

ま、いろいろあった2日間でしたがPARMAもPIACENZAもいい街でした。特にPIACENZAは閉まっていたお菓子屋さんに未練があるので、また行きたいなぁ。
これでPIACENZA編はホントにおしまい。このあと学校が終わるまでのミラノの日々を書くか、先に学校が終わってからの旅行編を書くかは未定、いずれにせよ2001年の思い出与太話はまだまだ続きます。
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by s_fiorenzo | 2008-05-01 22:35 | 2001年MILANOの旅 | Comments(0)


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